瀬良英介の一般業界向け
飼料・畜産トピックス
2005年8月 (118)
「少なく食べて長生きしよう」を特集トピックスにした米国油化学会
私は米国を旅する機会が公私ともに時折あります。また、暫く滞在することもありますが、最近、一般的な米国人についてとみに感じていることは、食事の取りかたと健康、或いは、長生きについて随分と関心が高まったということです。勿論、今でも平均的にみて米国人が普通に食べる総量が、私どもが普通に食べる量よりも多いことも事実です。然し、数十年前に米国の普通のレストランで出していたステーキの大きさと、最近のレストランで出すステーキなどの大きさには相当な違いがあります。今のほうが、以前よりもずっと小さいのです。また、通常は一緒に出てくるベークド・ポテトやフライの量なども以前よりは少なくなっています。それでも、日本の人が米国で食事を注文すると、今でも量が多すぎると感じる人が多いように思います。
米国油化学会の最新号(インフォーム、2005年7月号)の表紙の写真と特集案内は、「少なく食べて長生きしよう」、英語では、「Eat less, live longer」です。これは、油脂業界のニュースも含めた油化学会(AOCS)会員用の機関誌ですが、その機関誌の性質からしても時代は変わってきていることを感じます。学会の編集部でシニア・エディターをしているワトキンス女史の特集記事タイトルも「死を受け付けない食事?」と題していて、カロリー制限ソサイエティ(Calorie Restriction Society)のことに触れたり、30年間、カロリー制限をして過ごしてきたリザ・メイ女史の紹介などもしています。しょせん、死を受け付けない、或いは、はねのけるということは出来ませんが、記事のタイトルには「?」マークが付いていますから、著者のバランス感覚は取れています。
米国人も若さを保つことへの志向が強いように思いますが、これは先進国のいずれの人たちも大同小異でしょう。つまり、出来るだけ肉体的にも精神的にも若さを保って長生きし、その状態を保って死を迎えたいという願望があるようです。どちらかと言えば、肉体的な若さと美しさを保つことへの執念と対応への行動は一般的な日本人のそれよりはやや強いように個人的には感じています。兎にも角にも日本の後を追うように少しづつ高齢化社会へと歩みだしている米国ですから、沖縄の人たちの食生活などを克明に調べていることも事実です。
記事ではNIH(National Institute of Health)が2003年から7年計画で2000万ドルの予算を用い、三箇所の研究所の協力を得て2年間のカロリー制限がもたらす心臓病や2型糖尿病などについての追跡研究を行っていることにも触れています。これは、「CALERIE」と呼ばれるプロジェクトですが、長期に及ぶカロリー摂取制限がもたらす影響についての詳細な評価という主な英文字の頭文字を取ったものです。この「CALERIE」研究プロジェクトでは、米国心臓協会(AHA)が提言している第一段階の食事内容からスタートしていますが、それは一人当りの油脂摂取日量を一日当り総カロリーの30%以内に抑え、対照区と比較するというものです。また、カロリー制限グループでは、それよりも25%カロリーを落として摂取するというものです。
いずれにせよ、カロリー制限ソサイエティ(CRS)はカリフォルニア州ガーデナ市にある非営利団体ですが、ここでの永年の啓蒙は、米国人の栄養と食事がどうあるべきかという米国の研究機関などに相応の影響と関心を与えたことは事実のようです。少し内容が行き過ぎている、あるいは、狭く捉えすぎているという外部の指摘もあるようですが、米国人の一般的な食べ過ぎにたいして警鐘を鳴らしたことも事実でしょう。このCRSのサイトには1価不飽和脂肪酸を選び、飽和脂肪酸を避け、若干のn−3系脂肪を取ることなどが紹介されているこにも触れていますし、n−3系の油として鮭などがあることにも触れています。
同じ時期にタイム誌も2005年8月5日号でフィットネスの重要性を「カウチポテトよ立ち上がれ」と題した特集にしていますが、タイム誌独特の判り易いダイアグラムを使って解説しています。他にも、ここにきていくつもの一般誌や新聞が食事の内容を変える必要性について特集を組みだしたことは非常に面白いと思います。事実、米国の友人家族の食事の内容が著しく変わってきていることには気がついています。
加えて、こういった米国の特集などの傾向を見ていますと、「これさえ食べていれば血液サラサラで長生き」などといった安易な啓蒙よりは、やはりバランスの取れた食事の重要性や基礎的な栄養に関する啓蒙のほうが重要であるとする内容のほうが多いように思われます。前述の「血液サラサラ」なども売らんがための行き過ぎた啓蒙は逆に危険であることは、基礎栄養学の専門家であれば判っていることです。
私は、「日本人であれば和食を食べ、国内で生産したものだけを食べていれば安全、且つ、健康で長生きが可能」だという考え方には、栄養学的にも賛成できません。最近、日本国内でとみに使われだした「食育」という言葉については、その「食育」という言葉が本質的な意味で使われている限りは、70年生かされてきた者としては、「食育」のコンセプトを啓蒙する必要性と背景を深く理解していると自負しています。言い換えれば、「食育」という言葉が、本来的、且つ、本質的な意味においてのみ使われているのであれば、それは国内の畜産業界、飼料業界、食品業界、生産現場、そして、一般消費者やその家族に対して健全、且つ、重要な教育・普及・啓蒙であると考え、心底から賛成する者です(瀬良、2005)。