瀬良英介の一般業界向け

飼料・畜産トピックス

2005年9月 (119)

オーガニック酪農のいくつかの考え方と乳房の健康

農業哲学と乳房の健康への影響と題した興味ある講演論文を全米乳房炎協議会(National Mastitis Council)が今年の7月に行ったヴァーモント州地区会議の講演録集に載せています。講演者は、コーネル大で高品質牛乳を生産することに関しての仕事をしているティコフスキー女史(Linda L. Tikofsky, Quality Milk Production Services, Cornell University)でした。


その一部を御紹介しましょう。持続可能な農業への関心は産業が進むにつれ、欧州においても米国においても1940年前後から関心が高まってきていました。米国ではローデイル氏がハワード卿の著作を読みオーガニック農業を実践するための農場をペンシルヴァニア州に開設し、雑誌の発行もしています。それは後に土壌と健康を研究するためのローデイル研究所となり、一連の活動の中で米国農務省も興味を示し維持可能な農業の研究と教育と名打ったプログラムを始めています。


そのような揺籃期から40年が経過し、1980年代にはいくつかの州や民間の段階でオーガニック農場認定が行われるようになってきました。同時に、統一されていない異なる認定条件、オーガニック食品の販売や生産をめぐっての法廷闘争などがおきるに従い、連邦議会によるオーガニック食品生産法が1990年に制定されました。この法案が義務付けたものは、全米オーガニック・プログラム (NOP = National Organic Project) を作成し、連邦政府としての統一されたスタンダードを示し、法的責任と義務を関係者や団体に負わせるものでした。ですから、2002年の10月以後は、全ての生産者、取り扱い業者、処理業者や認定団体で年間総収入(総売り上げ)が5千ドル以上($1=¥110換算、年間売り上げが55万円以上)の仕事をしているところは、連邦スタンダードに従わなくてはならなくなりました。


米国のオーガニック酪農の場合は、インプットの置き換え(例えば、治療方法の代替)のみには頼っておらず、乳牛の健康維持のための予防対策がオーガニック農場の行動計画の中に明記されていなくてはならないのです。従って、オーガニックという認定を受けるためには、抗生物質、ホルモン、大部分の合成剤治療方法が禁じられています。この点は、ヨーロッパと異なります。ヨーロッパの場合は、獣医師免許を持つものが限定された量の抗生物質や合成剤治療をほどこすことができます。また、米国の生産者は、代替策が尽きたときに、非常に限定された中でワクチンや合成駆虫剤などの使用が認められています。この点などについても全米オーガニック・プログラムは、ナショナル・リストをアップデートしながら公表していますが、生産者はそれを参考にしながらも、最終的には、如何なる製品を使うにしても、全ての使用責任は生産者側にあり、連邦政府の規則・規制(federal regulations)に合致しているか否かが問われます。


代替策が尽きたとき、単にオーガニックであることを維持するために、禁止されている治療薬をその家畜に使うことを止めることは動物愛護の観点からしてはなりません。その家畜には、きちんと治療を施し、そのオーガニック農場からは出さなくてはなりませんが、一般の牛群用に売ることは出来ますし、淘汰(屠殺)処分することもできます。オーガニック酪農では除角は認められていますが、断尾は禁じられています。


米国農務省の段階では、品質のスタンダードは、オーガニック牛乳と従来の牛乳に何らの違いを設けていません。


米国では、オーガニック牛乳は全米の乳生産市場の1%以下ですが、1990年代に500%の伸びを示しており、自然食品市場の中では最も販売の伸びが大きかったものです。オーガニック牛乳・乳製品の生産は米国北東部諸州が抜きんでています。大きな処理業者であるホライゾン、オーガニック・ヴァレー、フードなどが、より多くの農家にオーガニック生産を薦めていることが生産の伸びに寄与しています。市場では、大体、生乳100ポンド当り22ドルから23ドル($1=¥110換算で、生乳キロ当たり55円前後)です。それに加算する品質プレミアムが生乳100ポンド当り最大2ドル(生乳キロ当たり最大5円弱)です。


オーガニック牛乳と言えども、州から州へ生乳を輸送する業者(Interstate Milk Shippers)を規制する最低の規則はクリアしていなくてはいけません。歴史的には、小売業者(末端販売業者)は、オーガニック牛乳を扱う処理業者に対して、長く安定した牛乳の品質が店頭で維持できる点を購入交渉の強い要望としてきていました。一方、オーガニック牛乳を扱う処理業者は、生乳のウルトラ・パスツール殺菌を行ったり、体細胞数が生乳1ミリリットル中に40万以下である乳生産農家から買うことで基本的に対応してきていました。


オーガニック酪農で乳房の健康を維持するための実践的な方策は、全米乳房炎協議会(NMC)が一般酪農経営者向けに出している10項目からなるプログラムから簡単に転用できるものです。それは、より健康な乳房への実現可能な8段階としてあげられますが、(1)農家段階での健康な乳房のためのゴール設定、(2)乳房の健康を定期的にモニター出来る計画の導入、(3)適切な搾乳手法、(4)搾乳器材などの定期的な維持管理、(5)乾乳牛飼育管理の評価、(6)バイオセキュリティと淘汰ガイドラインの導入、(7)環境、そして、(8)子牛、更新用若牛に関してが挙げられます。


本トピックスでは、前述の(1)農家段階での健康な乳房のためのゴール設定のみを御紹介しましょう。指摘されていることは、農家がチャレンジしなくてはならない事柄、また、認定団体や生産者の酪農経営に対しての哲学(考え方)によって、ゴールは農家ごとに変わるものだということです。そして、挙げられているのが下記の点です。


  • ストレプトコッカス・アガラクティエ、及び、マイコプラズマが0%
  • スタフィロコッカス・オウレウスが5%以下
  • バルクタンクでの体細胞数が1ミリリットル中、20万以下
  • 毎月の新しい感染が5%以下
  • 潜在的な感染が5〜7%、或いは、それ以下
  • 潜在性乳房炎が2〜3%

論文の詳細に興味のある方は、全米乳房炎会議の講演録、(NMC Regional Meeting Proceedings, July, 2005)を参照なさることをお勧めします。


因みに、ティコフスキー女史が冒頭に書かれたローデイル研究所の活動などは、1960年代始めに私がアイオワ州立大学で「酪農経営哲学概論」とモリソンの膨大な「飼料と飼料給与」を合わせて、必須科目として学んでいた時代に教えられたものす。50年近い歳月を経た今、それを思い起こすのは感慨深いものです。その後の相対的な諸問題についての取り組み方を見ても、生産販売を含めた諸々の人間の行動に対して、厳しい細則と罰則を更に加えて遵守させるだけでは問題の解決や向上が難しいという社会的な自覚が米国の農村社会にはあります。営みの中での基本が何であるかという実践可能で地味な考え方が米国農村社会の根底に多かれ少なかれ流れているという点が、私が個人的に好きな部分です(瀬良、2005)。