瀬良英介の一般業界向け
飼料・畜産トピックス
2006年6月 (138)
公平な乳価決定の難しさ
前のトピックスが6月の酪農啓蒙月間についてでした。やはり6月ともなるともう一つのトピックスも酪農に関しての話題を取り上げたいと思います。
以前にも講演や拙稿で述べたことですが、いわゆる先進国にとって牛乳の乳価を生産者に対して公平に決めるのは容易なことではありません。そこには乳業界や消費者が持つ不満や公平感と不公平感も絡んできます。それは、ヨーロッパ連合において然り、米国やカナダにおいて然り、英国において然り、そして当然のことながら日本においても然りです。如何なる先進国においても、農業担当大臣や長官は、酪農の乳価問題を相応の市場性の中できちんと方向ずけて決定維持できれば、その人は歴史に残る人物になるだろうと言い切ったのは母校、アイオワ州立大学の酪農経済担当教授以外にも何人も居ます。この小論では米国が持つ改善努力と難しさについて若干述べることにします。
1930年台の第二次世界大戦前の大恐慌依頼、そして穀類を含む農業の一部は1914年台の第一次世界大戦前の恐慌に端を発していますが、四分の三世紀以上続いてきたフェデラル・ミルク・マーケッティング・オーダーの複雑な変化や詳細については省きます。部分的に過去にさかのぼれば、経済大恐慌時代は失業者が異常に多く、日々の食料や栄養源として重要な牛乳を買うお金すらない時代がありました。また、牛乳処理業者が生産者に支払う乳価は販売面での過剰供給と過当競争により大暴落し、滞りない供給に支障をきたしたこともあります。また、生産者が生乳の価格交渉を処理業者と行う場合でも、農家一戸の生産規模は小さく、業者の工場の生乳処理規模は大きいという事実と生乳そのものの大半は牛の体内を通して出た水であるという点と腐りやすい生ものであるという2点において、価格交渉では必ずといってよいほど生産者が不利な立場に置かれました。そのような問題は、その後も数十年間、形を変えて出現し、業を煮やした生産者グループの中には、牛乳の破棄処分による乳価改善を支持し、工場に出荷する生乳搬送トラックをひっくり返し、ハイウェイを走る生乳搬送タンク・ローリーを自動ライフルで穴だらけにする事件などを起こすものいました。また、農協を組織化し、巨大な生乳手配組合として合併させ、処理業者を相手に生乳価格交渉をある時期には有利に行えた時代もありました。その反面、経済的に旨みのある飲用乳の販売を専門に行った民間処理会社が結果的にもたらした余剰バターを市場調整のために買い戻す役割を果たさざるを得なかった農協に変貌した時代もあります。政府による余剰乳をバターや脱脂粉乳の形で低価格で買い取り、学校給食への供給や開発途上国への食料援助の形での供給が財政的にも難しくなり、下支えの政策を打ち切ることになる時代もありした。更には、巨大なスーパー・チェーンによる牛乳の一括購入や納入が生乳手配を行う農協を根幹から揺さぶった時代もあります。州によっては、スーパーで他の製品を買ってもらうことで穴埋めができるように、人集めのための行う牛乳の過剰な出血販売(ロス・リーダー)を禁止していた時期もあります。米国の酪農政策も米国の社会背景が生産者主体から消費者主体の考え方に変貌する過程で変わってきました。国民人口の中での酪農経営に携わる人口が下がるのにつれ、やや反比例の傾向で乳牛の生産性が上昇するという事実は、消費者や生産者の関心事項をそれぞれ代表する連邦議会や州議会の議員の比率にも時代の流れの中で大きな様変わりをもたらしています。
歴史的には生乳処理業者の競争を出来るだけ制限し、飲用に使う生乳価格をクラス1として高めに設定し、バターや乳製品など保存のきく乳製品などを作る加工乳をクラス2として低めに設定し、更に州や連邦政府のオーダー内では、生産者が出荷する生乳の使用割合が仮に高価格の飲用乳向け生乳が高い場合、低価格の加工向け生乳、或いは乳製品に回る生乳などは低くなりますから、月ごとのそれぞれの使用割合を加重平均で出して差を求め、高めのプール乳価を設定するというものです。これは、後に東部から始まった経済算式の検討や一部導入にもつながりますが、現在でも米国南西部の安い牛乳が他の地域に流れ込むのをどうするかという問題がついて回ります。フェデラル・マーケッティング・オーダーを過去から否定してきたカリフォルニア州はいつも東部諸州の保守的な考え方を打破しようとする傾向が全ての産業面で見られるという歴史的な事実があります。しかし、州外に沿って存在する家族経営会社による巨大な酪農の生乳が州内に流れ込む問題には手を焼いていますし、米国南東部など発想の一つである牛乳の水分を除去した濃縮牛乳で輸送コストを抑え、北部や北東部の巨大市場に運び、水道の水で元の牛乳に還元して競争に勝つ方法などに対する難しさも形を変え品を変えて浮上します。米国北部のウィスコンシン州などを余剰乳生産地帯として捉え、米国南東部地域のオーダー乳価はウィスコンシンから米国南東部に移送したローリーによる生乳搬送コストよりも低く設定しないとウィスコンシンの余剰乳が米国南東部の酪農の存続を危うくするといったことが取り上げられていた時代もありますが、南東部や南西部、山岳地帯の酪農は、生乳運送コストをオーバーライドさせる経営規模拡大と低生乳生産コストの追求などが一昔前からの関心事項でもあり問題でもあります。また、運送用の燃料コスト上昇も色々と問題を難しくしています。消費者による情報開示の要求や品質保障製品に対する責任を問うPL法なども種々の問題を細分化しています。土壌変化を含む環境問題、疾病やゾーノーシス(動物から人間に感染する疾病)問題への関心、糞尿処理や屠場副産物処理や利用がもたらす難しさなど多義にわたっています。
前述の背景と捉え方は日本の場合とは違うとはいうものの、飲用乳と加工乳との価格差などに関する基本的な難しさは、俗に言う「日本の南北戦争」にも似た部分があります。また、ヨーロッパ連合に隣接する一部の開発途上国を入れることになる元のヨーロッパ連合とそれを構成する国々の市場と生産地域での問題にも直接間接的に影響や示唆を与えることになりますし、双方向や多方向に絡み合って影響しあう面があります。
ここにきて俗にいうグローバル経済がキーワードとして問われる時代においても、米国でも連邦政府による乳価のコントロールが必要か否かは絶えず問われるのです。そして、広大な生産地域、運搬、処理、市場への流通コストなどを考えたとき、もしそのような州なり連邦政府のオーダーを修正しながらでも残しておく必要があると生産者、そして特に消費者が認めるのであれば、アウトサイダーなどがミルク・マーケッティング・オーダーを法的に迂回しようとするのを如何に省き、そのシステムに直接間接的に参加加入しているもの全てが同じ規則に従ってもらうためにどうするか、という点などが論じられています。2005年の生乳規制均等法には、生乳出荷日量が約45トン(月間出荷乳量で約1350トン強)以下の生乳処理販売を自分たちで行う家族経営酪農の場合とそれ以上の量を生産しスーパーに直接に販売するような家族経営酪農の場合では、フェデラル・オーダー内で生乳を調達する処理業者の価格との間に違いがあることなども含めて抜け穴があるということが問題視されはじめています。前述のようなことだけが問題視されているわけではありませんが、小規模家族経営酪農、家族運営の会社組織による大規模酪農経営、アウトサイダーによる大規模酪農経営などの間では賛否両論の関心が高まってきています。恐らく、消費者は牛乳が毎日の食卓にかかせない重要な飲み物として捉えていますし、それを支持する連邦制度を必要と認めてきた歴史的事実が続くかぎり、少々販売価格が高くても潤沢に牛乳がスーパーに毎日置いてある状態を望み、制度を支持する消費者の傾向は多いでしょう。然し、消費者、経済学者、業界関係者の中には毎日飲める牛乳が潤沢に購入できる仕組みを支持するのも販売価格との程度問題だと指摘する声が少なくないことも事実です(瀬良、2006)。